日高軽種馬農協が、静内にある日本軽種馬協会北海道市場で、今年最初の競り市を開催しました。景気の低迷や東日本大震災等の影響を心配しましたが、まずまずの売却率で、関係者は胸を撫で下ろしました。
しばらく競馬の衰退が言われてきましたが、関係者一丸となった努力が報われつつあり、市場も活気を取り戻しつつあります。
目を転じれば、飛行機が離着陸するだけと思っていた空港に、浴場や宿泊施設、映画館が併設され、乗客以外の多様なお客を取り込む時代であります。競馬ファン以外も競馬場に足を運ばせるような仕掛けを何とか工夫して、さらに多くの人に、競馬の魅力を知ってもらいたいものだと思います。
2011年7月20日水曜日
軽種馬の初競り市
2011年7月19日火曜日
自衛隊静内駐屯地創設47周年
自衛隊静内駐屯地創設47周年、第7高射特科連隊創隊30周年の記念式典と祝賀会が開催されました。今年の記念行事は、あいにくの霧で対空射撃場での行事は、できませんでしたが、式典では、3月11日に発生した大震災に際しての、隊員の方々のご活躍とご労苦に対し感謝を申し上げました。
被災直後から2万人を超える陸海空部隊の人員を派遣し、多くの被災者を助けられ、また不明の方々の発見に力を尽くされた自衛隊。物資輸送や原発への放水活動など、災害の拡大防止にも命がけで尽くされました。
未曾有の災害に対する迅速確実な活動成果は、日頃の訓練あってのものですが、改めて我が国の国民の底力を感じています。
なでしこジャパンのように華やかな活躍で国民を力づけるかたわらに、人知れない困難に立ち向かった彼らのような若者達がいることも忘れません。ありがとうございました。
2011年7月13日水曜日
昆布の天日干しが始まりました
2011年7月4日月曜日
夏を感じる恒例行事
なかなか、夏を感じさせられる日がない今年の日高地方ですが、夏祭りが始まりました。
第17回みついし蓬莱山まつりは、約7千人の家族連れで賑わいました(写真上)。 三石川を挟む雄、雌の蓬莱山には、長さ130m、重さ2.8トンという巨大なひめ縄が渡されます。今年はこのひめ縄が、何かしら、大震災被災地と国を結ぶボランティアさんたちと重なって見えます。
浦河町にある障がい者施設、浦河向陽園 では大運動会が開催されました(写真下)。ご家族や地域の皆さん、ボランティアの皆さんの応援、手助けを頂き、玉転がしリレー、綱引きや障害物競争等々、楽しい思い出ができました。
「ボランティア」という言葉もすっかり社会に定着してきましたね。
日高西部消防技能訓練大会
2011年6月6日月曜日
イチャルパ
北海道アイヌ協会新ひだか町支部で先祖供養の儀式である「イチャルパ」が行なわれました。新ひだか町真歌にある伝統家屋のチセには約100人の関係者が参加して、先人のご苦労に感謝し、酒や果物等々を供え、先祖の霊を慰めました。
このイチャルパは各地で、名称も、形式も少し違いがあるようですが、自然と、神と、人が一体として生きてきたアイヌ民族の伝統は共通しています。
儀式で唱えられている言葉の意味を教えてもらうと、先祖や、自然の恵みがあってこそ、今の自分があるという思いが強く感じられ、殺伐とした現代社会に投げかけられた警鐘のようにも聞こえてきます。
2011年6月4日土曜日
日高管内 老人芸能発表大会
日高管内 老人芸能発表大会が新冠レ・コ-ド館にて開催されました。この発表会は日高管内老人クラブ連合会主催により、毎年管内各町を持ち回っているもので、老人福祉の向上を図ることを目的にしています。多年にわたり、社会に貢献されたご苦労をねぎらい、今後とも社会活動に参加して、実りの多い老後送ってもらおうと、39回目になる今回は、歌に踊りに40組が出演し、 約400人が参加して楽しみました。
東日本大震災後の、お年寄りの衰弱化を加速させている避難所での過酷な生活をお聞きすると、なおさら、このような企画・実施の重要性を思わずにいられません。
芸能発表されるお元気な方々に拍手を送りながら、一日も早い被災地の復興と、催しの再興を願いました。
2011年6月1日水曜日
北海道獣医師日高支部の総会
2011年5月29日日曜日
第62回北海道植樹祭
第62回北海道植樹祭が帯広市帯広の森で開催されました、朝から あいにくの雨でしたが、苗木には恵みの雨?となりました。
傘や雨具を着ての作業でしたが、それでも約2千人の参加がありました。今年は国連が定めた「国際森林年」。世界の森林は、この20年間で日本国土の4倍も失われており、「森林の保全と持続可能な経営」の重要性について認識を高めようと、世界中で様々な行事が行われます。
苗が自力で成長できるまでには数年かかり、その間、下草刈りなどが欠かせません。また、良質な木材に成長させるには、間引き、枝払いも欠かせません。子供たちに植樹の重要さを訴えるときには、それらの作業についても、伝えていっていただきたいと思いながら植樹を終えました。 関係者の皆様には、準備方、ご苦労様でした。
2011年5月15日日曜日
二十間道路の桜まつり
5月3日からスタートした新ひだか町、二十間道路の桜まつり、最終日は天気にも恵まれ早朝から花見客が訪れ、関係者も胸を撫で下ろしています。
大震災を受けての開催に是非がいわれたり、天候不純による開花の遅れの影響等もあってか、例年でしたら約17、18万人の観光客で賑わう桜並木も今年は約14万人の人出にとどまったようです。
被災地でも花は多くの人の心を癒しています。犠牲者への哀悼の気持ちを、桜に癒された穏やかな心で表し、満開の桜並木を楽しんでいただきたいものです。
ちなみに日高地方には、浦河町やえりも町にも素晴らしい桜の名所があります。花の見頃は来週まで続きます。札幌方面からのお客様には是非足を延ばしてほしいと思います。
2011年5月12日木曜日
巡視船から巡視艇になる不安
2011年5月6日金曜日
ホッカイドウ競馬始まる
平成23年度北海道馬主会の総会が、鵡川町、四季の館で開催されました。総会に先立ち、北海道競馬に誘導馬を寄付された大高朝幸さんと、馬具を寄付された吉田晴雄さんに、高橋知事より感謝状が贈られました。
総会では北海道競馬推進への、参会者の並々ならない思いが伝わってきました。
大震災による景気への悪影響が懸念される中、4月29日にスタートした今年度の初レースの売り上げは、前年を若干上回りました。関係者のご苦労が報われた証と思います。
収支バランスの見込みが出来たとして、五年を目安に存続を決めた北海道競馬。本年度は、11月17日までの全日程をナイターで行い、開催日数は昨年度と同じ80日間。
安定的なホッカイドウ競馬を確立したいとの思いは私も同じです。
がんばれ!! ホッカイドウ競馬!!
2011年5月1日日曜日
えりもウニ祭り
みんなでがんばろう日本、東日本大震災復興支援チャリティーイベント、えりもウニ祭りが、えりも町灯台公園で開催されました。祭りには、地元えりも町を始め近隣町はもちろん、札幌方面や帯広方面などから、約二千人が訪れ、前日から町のホテルや旅館は満室、当日はウニ料理を目当てに料理店では行列ができました。お目当てのウニが手に入らずに残念がる人も多く、対応に苦労していた主催者側には嬉しい誤算でした。
それにしても宣伝の方法で、こんなに人が集まることを学んだイベントでもあります。何よりの大盛況、まずはおめでとうございます。
そして、このような大盛況が、復興後の震災各地に、一日も早くおとずれることをお祈りします。
2011年4月18日月曜日
北海道アイヌ協会浦河支部総会
2011年3月13日日曜日
東北地方太平洋沖地震
マグニチュード8.8の大地震が起きました。津波による被害は確認されているだけで死者不明が千数百人といいます。町ごと壊滅した所もありますから、最終的には更に大きな被害であることが予想されます。被災者の方々には何とお慰めしていいのか、言葉を失います。未曾有の巨大地震でしたが、日高沿岸にも2mから3mの津波が押し寄せ、管内各町にも被害をもたらしました。しかし、東北地方なみの津波が押し寄せる可能性もあったことを考えると、人的被害がなかったと喜んでいられるようなものではありません。壊滅被災地の今後の推移もしっかり見つめ、初動の確認などを含めて、避難路や公共施設の立地場所や構造など、今後の管内の防災計画にいかしていかなければなりません。世界中の注目の中、日本の底力が問われています。
2011年2月19日土曜日
「銀聖」活動取組10周年記念祝賀会
「銀聖プロジェクト委員会」を設置し、本格的に広告宣伝活動を始めてから10年。その節目に当たり、高橋知事をはじめ多数の来賓をお招きした記念式典及び祝賀会が盛大に開催されました。日高管内でさけ定置漁業を営む漁業者が、平成13年から、魚価対策の一環としてブランド化に取り組み、プロジェクトチ-ムを編成、鮮度、重量などに厳格な基準を設けて差別化し、付加価値化をはかってきた「銀聖」。イベントや物産フェアに積極的に参加するなど、関係者の努力の結果、ようやく認知度も高まって、今や鮭児(ケイジ)と並ぶ鮭の高級ブランドに成長しました。
一つのブランド品を確立するのには長い年月と手間が、かかるものですが、不退転の決意で臨んだ関係各位の強い決意の表れと思います。まさに日高圏域の底力を見る思いです。心よりお祝い申し上げます。
2011年1月26日水曜日
様似町交通安全住民大会
ストップ・ザ・交通事故死~めざせ安全で安心な北海道~をスロ-ガンに、様似町交通安全住民大会が開催されました。会場には、約400名の町民が集まり、交通事故の絶滅を誓いました。警察庁データによると、平成22年中の交通事故死者数(全国)は4,863人で、57年振りに4千人台となった前年を更に下回る結果となり、関係各位のご努力の結果と敬意を表します。振り返ると、昭和34年に1万人台になった交通事故死は昭和50年まで続き、その後、沈静化傾向を見せたものの、昭和63年から平成7年まで再び1万人台が続きました。16,765人の最多死者を数えた昭和45年を100とすると、平成22年は29。この間、高齢化社会に突入していることを考えると、3分の1以下に減ったことは驚嘆に値します。道路、車両、医療体制等の改良や関係機関の連携努力などにより、平成8年以降減少を続ける交通事故死ですが、事故そのものが同じように減っているわけではありません。住民総意の決意を新たにするこのような啓発機会の継続が重要だと思っています。
2011年1月10日月曜日
成人式に思う
成人式が日高管内各町で開催されました。私も出席させて頂きお祝いを申し上げました。厳しい経済状況の中ではありますが、振り袖や背広姿の新成人は厳粛ななか、穏やかに落ち着きのある式典でした。
数年前は各地で、式典をめちゃくちゃにするような飲酒成人が目立ったこともあり、未来の日本はどうなるのかとさえ思われたものでしたが、逆に言うと、夢を持ちにくい現代故、なおさら、若者のエネルギーの発散場所を健全な社会の中で提供する必要性があるとも考えられます。新成人を巻き込んだまちづくりを考えるのもそんな機会の一つになるでしょう。
私たちも若いころは、「近頃の若い者は...」と言われ、大人世代との隔たりを感じたものでした。取り巻く社会情勢は敏感に若者に反映します。「若者世代」と一括りにはできませんが、声なき若者の声も聞き取り、新しい成人の思いも包み込めるような政治の必要性を感じています。



















